2008.04.07

『明日への遺言』

2007年 日 本
監督・脚本 小泉堯史
脚本 : ロジャー・パルバース 原作 大岡昇平
主演  藤田まこと ロバート・レッサー
フレッド・マックイーン リチャード・ニール
富司純子

Photo 1945年、横浜地方裁判所。東海軍司令官だった岡田資中将(藤田まこと)は、戦時下空襲の際パラシュートで降下してきたアメリカ兵を捕虜として扱わず処刑したとして罪を問われていた。しかし、戦時下の為《略式裁判》の正当性を訴え反対にアメリカの無差別爆撃の正当性に疑問を投げかける。その上で、自分が命じた命令すべての責任は自分にあると主張。それは岡田中将の戦犯としての処刑を意味していた・・・

戦後、たくさんの戦犯裁判がある中、堂々とアメリカの無差別爆撃の非人道性を指摘し自らの責任をとって【戦犯】として処刑された岡田中将の清廉な生き方を描く。

当時、多々あった戦犯裁判の中、部下に罪をなすりつけた軍人達も多く(オーストラリア映画 『アンボンで何が裁かれたか』-1990年製作-もそんな人達を描いた映画の一つ)岡田中将の清い態度は、アメリカ人達にも一目置く存在になったという。

自分の保身に終始し、《人間は自分の事が一番大事だ》と思う事は実に簡単だ。反対にその為に迷惑を被る側も、《人間ってこんなもんさ!》と吐き捨てるのはもっと簡単だ。

たぶん、

《ライオンが腹が減ったからシマウマを食べる⇒ついでに書くとライオンは空腹になると子供の食べ物まで横取りするらしい(~へ~;) 本能って恐ろしい~
《カッコウは別の種類の鳥の巣に卵を産み落とし、その鳥に育てさせる。⇒ついでに書くとカッコウのヒナはその巣のヒナが孵化すると巣の下に蹴落とすらしい(~へ~;) ホントに本能って恐ろしい~》みたいな人間の本能なのかもしれない。

しかし、その一方で《人間はそれでいいのか?》と疑問を持ち続けている生き物でもある。岡田中将のように清い生き方は難しい。しかし、岡田中将のように清い生き方を理想として生きる事ができる。

それが、人間と動物の違いなのだ。

岡田中将のような生き方は実に難しい。しかし、この映画を見たほとんどの人は理想とする生き方》だろう。それは、なかなかできる事ではない。

誰にもまねはできないが理想とする生き方》を目指すのも人間の本能なのかもしれないと思う。

理想とする生き方》をする岡田中将にそれができない私にはうらやましくとてもできないと思うし、単なる理想じゃんっと批判する人もいるかもしれない。でもそれも人間の本能なのかもしれない、と思うと人間って悲しい。

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2008.04.05

『母べえ』

2007年 日 本
監督・脚本 山田洋次
主演 吉永小百合 浅野忠信 檀れい 志田未来
戸田恵子 坂東三津五郎

Photo_2 昭和15年のある日。ドイツ文学者の父・野上滋(坂東三津五郎)は、妻の佳代(吉永小百合)と2人の娘(志田未来、佐藤未来)を残し、反戦容疑で逮捕される。その為、残された家族は苦しく寂しい生活を強いられる。そんな一家だが、滋の教え子・山崎徹(浅野忠信)・滋の妹、久子(檀れい)・近所の人達の助けで生きていくのだが・・・

Photo 太平洋戦争が始まろうとしていた日本。ただ【平和】を願ってその時代の危うさを、書いただけで逮捕された父を待つ野上一家の悲劇をじっくりと静かに描く。

家族愛の映画のはずなのだがなぜか、悲劇の雰囲気が漂う映画だ。一人また一人と死んでいく。死んでいく人達のシーンがある訳でもないのだが、全体に漂う【死】の匂いはあまりにも悲しい。

しかし、戦時中はこれが普通だったのかもしれない。
いつ空襲が来るかわからない。
身近な人々の【死】の知らせは日常茶飯事だ。

貧しい中、健気に生きるのだが将来は暗い。

Photo_3同じように静かに戦争を描いた映画は、『紙屋悦子の青春』などたくさんある。しかし、この映画ほど【死】の匂いは漂ってはいない。

たぶんそれは、この映画が率直に戦争で人が死ぬことを語っているからだろう。

最後に何十年も経って語る佳代の語る言葉は、戦争で大事な人を亡くした人々のすべてが語りたい言葉だろう。

この言葉の意味をじっくりと考えてみたい。

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2007.12.18

『アトミック・カフェ』

2007年  アメリカ
監督 ケビン・ラファティ ジェーン・ローダー

Photo   1940年~1950年代に作られた核の宣伝フィルムを集めて冷戦下のアメリカ政府の核戦略を解明・批判した問題作。兵隊教育映画からニュース・大統領の演説・アニメ・当時のヒット曲までの映像を見せてマスコミの怖さを認識する。       

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2007.12.17

『東京裁判』

昭和21年5月3日、東京・市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂。連合軍最高司令官マッカーサー元帥が発布した・極東国際軍事裁判所条例に基づいて極東国際軍事裁判いわゆる《東京裁判》が開廷された。この裁判の特徴は、11カ国の連合国名によって「平和に対する罪」「殺人と通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」の3つに分類された55項目の訴因に基づくもので、日本からは28人が起訴された。2年6カ月後の数々の議論の末判決が下された。

  この映画は、膨大な資料を元に《東京裁判》の矛盾・疑問・戦勝国が敗戦国を裁くという事を映像で余すところなく描いている。インドのパル判事の日本戦犯の「無罪論」・理論家、大川周明の「東条英機ポカリ事件」など興味あるシーンも多い。現在、靖国神社でのA級戦犯合祀問題の発端を作った裁判で彼らの〝罪〟を再考するにはぜひ見てもらいたい映画だ。

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2007.10.21

『硫黄島からの手紙』

2006年 アメリカ
監督 クリント・イーストウッド
出演 渡辺謙 二宮和也 伊原剛志
加瀬亮 松崎悠希 中村獅童 裕木奈江

Ioutoukarano_8  太平洋戦争末期。戦況が悪化する中、最前線となる硫黄島に陸軍中将・栗林忠道(渡辺謙)が降り立った。早速、島を回り島を守る為に的確な指導を始める。一方、兵士達に度の過ぎた体罰を加える上官達をたしなめたりもする。島には戦争に疲れ切った西郷(二宮和也)、最後まで戦う事を主張する伊藤中尉(中村獅童)、前線へ送られたのは何か深い事情がありそうな清水(加瀬亮)、またオリンピックの英雄・バロン西(伊原剛志)がいた。栗林の計画は、島にトンネルを堀りゲリラ戦で抵抗するというもの。他の将校達の反対されるが計画は進められる事に。そして、アメリカ軍が上陸。栗林率いる日本軍の激しい抵抗はアメリカ軍にとっては予想外だった・・・

  5日で陥落すると軽くみていたが、栗林中将の作戦で予想外の抵抗を受け苦戦するアメリカ軍。しかし、この映画はその場面はまったくと言っていいぐらい出ない。ひたすら、日本側からの兵士達の行動を描いている。クリント・イーストウッド監督は、『父親たちの星条旗』でアメリカ側から《戦争》偽善性と《戦争》で犠牲になった人達を描いているが、この映画では硫黄島の兵士達が人間として《戦争》でどういう行動を取ったかと描かれている。

  アメリカの事をよく知り、この戦争に反対していたが、任務を全うする為に硫黄島に着任した栗林。戦争に嫌気がさし、傍観するようになった西郷《日本の戦争》の命題に準じようとするが準じしきれず、戦場を逃げ回るハメになった伊藤中尉。どんな所でも人間らしく生きようとするバロン西本土で人間らしい行動をとり戦争の最前線に送られ、軍隊とは何なのか?と問い続けているような男清水。

Ioutoukarano_1  たくさんの男達の葛藤・孤独・・・。そして、現代の硫黄島で見つかった男達の手紙。彼らの心情を書いた手紙もまた、男達の本当の姿なのだ。その気持ちは、硫黄島の戦いだけではなく、どこの戦争どんな戦争でも同じ事だ。

  クリント・イーストウッド監督はある【出来事】を暖かくそして冷静に描き観客に何かを語りかける。受け取る側がそのメッセージを感じ取るのだ。

さて、この映画では何を語っているのだろうか。私は、『ミスティック・リバー』では答えは出せず、『ミリオンダラー・ベイビー』では反対に答えは一つきりだった。そして、この映画の答えはいたって簡単なような気がする。

  男達が《戦争》という波に飲み込まれていく様(さま)がなんとも痛々しい。それさえ無ければ彼らは普通の父親であり、よき夫であったのだから。

 多くの人々を不幸にするほどの本当に必要な《戦争》なんてあるのだろうか?この映画の答えはいたってシンプルなのだ。

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2007.06.18

『俺は、君のためにこそ
死ににいく』

2007年 日 本
監督 新城卓
主演 岸惠子 徳重聡 窪塚洋介 筒井道隆 多部未華

Photo_33   昭和19年秋、太平洋戦争末期。戦況を打破すべく、大西瀧治郎海軍中将(伊武雅刀)は戦闘機に250キロの爆弾を搭載して敵艦に体当たりする特別攻撃隊=《特攻》の編成を決意する。以降、特攻隊が結成され出撃基地である鹿児島県の知覧から若者達が出撃して行った。ある者はこの戦争に疑問を持ちながら、ある者は《靖国》入る事を信じて、ある者は日本に残した人々を助られる事を信じて若者達が出撃して行ったのだ。しかし、この特別攻撃隊出撃にはある思惑があるのだが、これから出撃する者達には知るよしもなかった・・・。

  鳥濱トメさん(岸恵子)は、知覧で軍指定の富屋食堂のおかみで、この旅立って行く青年たちの【勇気】【悲しみ】【決意】【青春】等をすべて受け止めた≪特攻の母≫。トメさんの語った事を現東京都知事の石原慎太郎が脚本化、『オキナワの少年』新城卓が監督した。

  まず、映画の題名が悪い、この題名が石原都知事の語りたい事なのだろうが、この映画はそればかりを語ってはいない。いろいろと物騒をかもしているが、トメさんの特攻隊員達への思いはただ一つ、ただただ死んでいく青年達の心の平安を願っている話なのだ。トメさんが戦争に行く青年達に軍国主義を主張した訳ではなく、青年達は「お国の為」「後に残った者達」の為に飛び立った者がいたのも確かで「靖国神社で会おう!」と約束したのも事実なのだ。

  この映画の一番の問題は、特別攻撃隊=《特攻》を実行しなければいけなかった《国》の責任をまったく描いていない事で、唯一・大西瀧治郎海軍中将だけが出て個人的な考えから実行した風に見せているが、上の海軍上層部もオッケーを出したんじゃないのか。青年達を犠牲にして本土を守ろうというエゴイスト的考えを攻めている訳でなく、やっぱりそこをしっかり描くのが必須だと思う。

トメさんは、最後までホタルになって日本に帰ってくると約束した青年の話をよくしていたようで、高倉健主演の『ホタル』(2001年 日本)でもテーマの一つになっている。若者達の気持ちを純真に受け止めたトメさんのような人もいれば、戦争のトラウマに悩まされ悲しい一生を生きた人達もいる ☞ 『黒い雨』(1989年 日本)では戦後ノイローゼになってバスを音を聞くと狂う青年が出ている。☜ もちろん、靖国神社に《神》として入った家族・友人達への思いを抱えながら生きてきた人達もいれば、戦争で大金持ちになったとんでもない輩(やから)もいる。そして

  戦争にすべてを奪われ、人生を変えられ悲しい人生を送った人達もまた多いのだ。

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2006.11.12

『太 陽』

2005年 ロシア・イタリア・フランス・スイス
監督 アレクサンドル・ソクーロフ
出演 イッセー尾形 ロバート・ドーソン 佐野史郎桃井かおり

Taiyou_2_1  終戦直前のある国、その国で【神】と崇められていた男(イッセー尾形)の食事が始まった。やがて、ラジオから国の軍隊が玉砕したと放送され急に男は不機嫌に。そして、戦争も終り男は【神】としてではなく、一人の人間として占領軍の最高司令官と会う事になるのだが・・・       

この映画で、【神】と呼ばれていた男は昭和天皇であるとして物騒をかもした作品。今でも、不敬であると思っている人達もいるのだ。

それはさておいて、実際に昭和天皇があの映画のようなお人柄かどうかは私達にはわからない。しかし、確かに真実だろうと思われるのは、皇后< strong>(桃井かおり)と戦後再会して本当に親しげに手を取り合い抱き合うところだ。天皇が《人間に戻れた!》と確認できた瞬間。それは、彼にとっても皇后にとっても至宝の時だったろう。しかし、【神】として生きていた男は本当に【人間】に戻れたのだろうか?いや、彼を取り巻く人達は彼を【人間】と見てくれるだろうか?この男の不幸はここにある。

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2006.11.04

『二重被爆』

2005年 日 本
監督 青木亮
出演
山口彊 佐藤邦義; 岩永章 松平和夫 浦頭和子
Nijyuuhibaku_3 1945年8月、広島、長崎に原爆が投下され、およそ33万人以上の人々が亡くなった。それ以上に被爆による後遺症に今も悩まされる人多く人数も計り知れない。

何事にも《秘話》という事があるが、この映画の【二重被爆】もその一つだ。いや、《秘話》というより、《さもありなん》という出来事だろう。二つの強大な破壊兵器に遭遇した人はいないはずはない。その不幸を二回も背負った人々の一人が山口彊さん、90歳。今も、後遺症に苦しめられながら生き続けている。映画は、淡々としかし、激しい思いを語る。一方、この【二重被爆】についてアメリカ・フランス・中国の人々にこの事実を見てもらう、数々の意見が寄せられるが・・・。 《なぜ、二つも原爆を落としたのか!》この破壊兵器をなぜ落とさなければならなかったのか? 山口さんのこの疑問に答えはなかなか出てこない。国家間の確執とか、原爆の実験・・・などとそういう事ではない。

【人間】としての素朴な疑問だ。

この、答えに答えられる人はいるのだろうか?

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『紙屋悦子の青春』

2006年 日 本
監督 黒木和雄
出演 原田知世 永瀬正敏 松岡俊介 本上まなみ 小林薫

Kamiya_9 ある病院屋上で、老夫婦がなかよく語り合っていた。それは普通の老夫婦の会話。そして、やがてかつての自分達の青春時代に話がおよび・・・

昭和20年・春。東京大空襲で両親が死に紙屋悦子(原田知世)は、兄夫婦・安忠(小林薫)ふさ(本上まなみ)の元に身を寄せていた。戦時中の不自由さも、兄夫婦のやさしさに癒されていた。ある日、兄の後輩、海軍航空隊に所属する明石少尉(松岡俊介)が親友・永与少尉(永瀬正敏)を連れて悦子の元に訪ねて来る。実は、悦子に永与との結婚を進めにきたのだ。特攻隊に志願した明石にとって、心残りは自分が愛する悦子を親友の永与に託す事は悦子への愛の証だったのだ。
        しかし、それは明石を慕う悦子にとって胸を引き裂かれるような悲しみをともなう出来事だった・・・

戦時中、その時代に誰にもある悲しみを紙屋悦子の悲しみを通して描く。

Kamiya_6 物語は、終戦直前の日本。言葉の端々に出るぐらいで静かな日々が続く。その頃、どこの家庭も家族の帰りを待ち食事を作り、楽しい語らいの中暮らしていた。しかし、そんな中でも見えてくる【戦争】の悲劇。【戦争】の為に無くなった人々の生活、人の命、そして青春。

【戦争】の為に失った《紙屋悦子の青春》。それは二度とは戻ってはこない。

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2006.08.18

『夜と霧』

1955年 フランス
監督 アラン・レネ
ナレーション ミッシェル・ブーケ

  第二次大戦中ナチス・ドイツがポーランド・ワルシャワ近くのアウシュヴィッツのユダヤ人強制収容所で行った残虐行為を静かに描き切ったドキュメンタリー。

  いったいこのアウシュヴィッツで何が行われたか?犠牲者達はどんな最後を遂げたのか?ナチス自体が異常だったとはいえ《戦争》が招く人間の狂気には戦慄を覚える。

 この作品以後『二十四時間の情事』(1959年)、『去年マリエンバートで』(1961年)で人間の心理描いた名作を発表したアラン・レネがこの映画で注目を集めた。                                              
※  この作品を掲載するにあたり、映画の画像を入れたかったが余りの残酷さに掲載できませんでした・・・                                              

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『男たちの大和/YAMATO』