2008.07.06

『フィクサー』
4月25日(金)観賞

2007年 アメリカ
監督 トニー・ギルロイ
主演 ジョージ・クルーニー トム・ウィルキンソン
ティルダ・スウィントン シドニー・ポラック

007 NYの弁護士事務所に勤めるマイケル・クレイトン(  ジョージ・クルーニー  )の仕事は、顧客の起こした事件の後始末をする事。顧客に事件のもみ消しを強要されたり、ホトホト嫌気がさしていた。そんな頃、同僚で友人だったアーサー(トム・ウィルキンソン)が薬品会社の薬害訴訟の交渉の場で突然錯乱!会社側であったはずのアーサーが薬害の証拠を持ってトンズラしてしまう。

理由は、被害者側の少女に惚れちまった為heart02アーサーも黒を白と丸め込むような仕事に嫌気がさしていたのだ。気持ちがわかるマイケル。なんとか説得して丸く 治めようとするが、キレたアーサーは暴走。それどころか、薬品会社を挑発する態度にまで出る。その為、薬品会社でこの裁判を任されたカレン・クラウダー (ティルダ・スウィントン)もほっておくわけにもいかず...。

最近の若いもんは!とおっさん達はよくグチりますが、最近はおっさん達も切れると怖いcoldsweats02アーサーも黒を白と言いくるめようとする大企業に怒りを感じての行動で、常軌を逸してるが決して狂っている訳ではなく、マイケルもしみじみその辛さがわかる。
それにしても、中年のおっさんは抱えているモノが大きいだけにおとしまえのつけ方もすごい。ただ、女の子に惚れちゃっただけなのにねぇ。

003 一番ストレス感じてるのがオトシマエをつける事を命令したカレン。ほんとかわいそうになってきました。この映画を見て考えさせられたのでは?ティルダ・スウィントン名演です。

まあ、まともな人間は人生あんまり無理をするもんじゃないですね。

友人の苦境に奔走する男をあいかわらずジョージ・クルーニーがかっこよく演じます。

あにきは最後にかっこいいっす!

ラスト、想像できただけにもうひとひねりしてほしかったなぁ。でも、この映画好きです。近所のおっさんがかわいく見えたりして(笑)

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2008.05.16

『ノーカントリー』
4月14日(月)観賞

2007年 アメリカ
監督・脚本 ジョエル・コーエン イーサン・コーエン
原作 コーマック・マッカーシー
主演 トミー・リー・ジョーンズ ハビエル・バルデム
ジョシュ・ブローリン ケリー・マクドナルド

14_2 冒頭から始まるシーンは死体の山。そこへ一人のベトナム帰りの男。偶然見つけた大金。男の運命はこの瞬間から決まっていたのだろうか?

メキシコ国境でハンティング中・モス(ジョシュ・ブローリン)は麻薬取引で揉めたのか大量のヘロインと200万ドルを見つける。思わず200万ドルをもってモスは逃走。当然、モスは200万ドルの持ち主に追われるハメに。妻を実家に返し、逃げ出すモス。彼はベトナム帰り、そう易々(やすやす)と捕まる訳にはいかない。

そこに一人のサイコパスの男。

ひたすら死体の山を築き、無表情にモスを追い詰め始める…。

この男、自分を裏切った人間・邪魔になる人間を殺し、ときにはコインの表裏で殺すか殺さないかを決め、自分になんの害もないはずの人間をも殺していき、金しか信じない。

最後に殺されたベトナム帰りの男の妻が、コインの表裏を聞くサイコパスの男に言う。

「表か裏なんて私は言わない。それは、あなたが決める事よ。」

もはや、殺しの目的さえわからなくなっていた男はどこにいくのだろうか。ただ「殺さねばならない」との思いだけ持って…。

《今、外国で行われている戦争・そして殺戮》
《金の力しか信用しない》
《目的さえわからなくなっている戦争》

16 もし、この映画が【今】作られていなかったらアメリカでこれほどの話題にはならなかったかもしれない。

このサイコパスの男はまるでアメリカそのものなのだ。

新しい大統領を決める年、

サイコパスのような行動で迷走しているアメリカ。

「表か裏なんて私は言わない。それは、あなたが決める事よ。」

今のアメリカの国民はコインの表裏を決められるのだ。

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『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』
4月16日(水)観賞

2007年 日 本
監督・製作 若松孝二
主演 坂井真紀 ARATA 地曵豪 並木愛枝
佐野史郎 奥貫薫  伴杏里

10 日本を変えようとした青年たちの崩壊の過程を描く。

60年代後半、学生たちは数々のグループを結成・分裂を繰り返していた。1971年7月・主な学生達がほとんど逮捕された【赤軍派】と【革命左派】は【統一赤軍 → 連合赤軍】を結成。後の悲劇はここから始まった……

まず思った事は、この学生達は本当に語る言葉を理解していたのか?という事。自分達ですら理解できない言葉は人には伝わらない。理解していたとしても、単なる学生運動に関わっていた学生しかわからない言葉なんて《単なる暗号》でしかない。

11 私には理解できない言葉の羅列(られつ)に辟易(へきえき)した。もちろん、内ゲバに励むなんて事ももっとわからない。学生達は自分たちの【ご立派】な言葉に酔いしれていたのだろう。

学生達は国を変えようと思っていたのだろうが、意味のわからない言葉には誰もついてこない。

犠牲者の一人が言う「《総括》ってどうすればわからない…」この時点で総括自体は破綻していたのだろう。

【嫉妬】【エゴ】【欲望】【人間としての無知】さまざまな事が入り交じって《連合赤軍》の悲劇は起こった。

結局、《総括》を命じた人間達は人間としての《総括》ができていなかったのだろう、きっと。

余談だが、
《総括》を強要した一人永田洋子の本を読むと、未だに自分に《総括》考えている事。今一度、ご本人に《総括》の意味を聞いてみたい。

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2008.05.14

『魔法にかけられて』
4月11日(金)観賞

2007年 アメリカ
監督 ケヴィン・リマ
主演 エイミー・アダムス パトリック・デンプシー ジェームズ・マースデン スーザン・サランドン レイチェル・コヴィー

Photo 美しい国・アンダレーシアに住むジゼル。森の中でひっそりと暮らす彼女は、毎日素敵な王子様に会う事を夢見ていた。そんなある日、怪物に襲われた彼女を助けたのがエドワード王子。お互い一目惚れで結婚の約束を。翌日、お城を訪れたジゼルは王子の結婚を嫌がる王子の義母・ナリッサ女王に不思議な噴水に落とされる。
あわや、地獄?っと思いきやそこは現代のニューヨーク。オトメチックな世界に暮らすジゼル( エイミー・アダムス)にはそこは地獄より恐ろしいところ。お姫様ルックで決めるジゼルを気味悪がって誰も助けてくれない。しかし、ニューヨークにもお人好しはいるもの。城と広告を勘違いするジゼルをつい家に連れて帰ってしまうのが、離婚専門の弁護士ロバート(パトリック・デンプシー)だった・・・

  ちょっと変わった事をしたかったからか、もうやることがなくなったからか。アニメキャラを人間世界で活躍させて見ようぜ!って、実現は難しいが簡単思いつく事をほんとにやってしまうのがディズニーのすごさですね(笑)

アニメキャラのなりきりぶりには脱帽。こうなると、見ている私もアニメキャラになった気になるから怖い。

Photo_2 後半、ニューヨークに同化しちゃたジゼルがすっかりニューヨーカーになりきり、いや女ってすごいです(再び笑)

一方、最後まで王子様してたエドワードもすごいかも…でも、微妙。バカキャラが流行る昨今にはウケるキャラかもしれませんね(-。-;)。

蛇足:人間になったキャラがほとんどアニメ顔でない所が面白い。まあ、そこがいいのだが。

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2008.04.07

『エリザベス
ゴールデン・エイジ』
3月5日(水)観賞

2007年 日 本
監督 シェカール・カプール
主演 ケイト・ブランシェット ジェフリー・ラッシュ クライヴ・オーウェン アビー・コーニッシュ サマンサ・モートン

Photo

前作では、「もう!男なんて、男なんて」ってエリザベス女王の気持ちがとてもよくわかって「女王って幸せなんだか不幸なんだか」よくわからんなぁなんて思ったけど、今回は淡い恋心が実に切ない失恋。 このときエリザベスは御年(おんとし)55才。いくら、スペインの無敵艦隊を破ったとはいえ、恋愛で浮かれてる場合ではないわながまん顔。男としてもいくらなんでも55才ではねぇ~若い方にいくのはよくわかるハート達(複数ハート)

「いいわよ、いいわよ。私は、イギリスの女王でいいわよ!」って今回もエリザベス一世の気持ちよくわかりました。

運命に人生を決められた女性の悲劇なのか喜劇なのか・・・だが、運命を受け止め生きる女王の姿はやっぱり美しいチューリップ

10

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『明日への遺言』
3月18日(火)観賞

2007年 日 本
監督・脚本 小泉堯史
脚本 : ロジャー・パルバース 原作 大岡昇平
主演  藤田まこと ロバート・レッサー
フレッド・マックイーン リチャード・ニール
富司純子

Photo 1945年、横浜地方裁判所。東海軍司令官だった岡田資中将(藤田まこと)は、戦時下空襲の際パラシュートで降下してきたアメリカ兵を捕虜として扱わず処刑したとして罪を問われていた。しかし、戦時下の為《略式裁判》の正当性を訴え反対にアメリカの無差別爆撃の正当性に疑問を投げかける。その上で、自分が命じた命令すべての責任は自分にあると主張。それは岡田中将の戦犯としての処刑を意味していた・・・

戦後、たくさんの戦犯裁判がある中、堂々とアメリカの無差別爆撃の非人道性を指摘し自らの責任をとって【戦犯】として処刑された岡田中将の清廉な生き方を描く。

当時、多々あった戦犯裁判の中、部下に罪をなすりつけた軍人達も多く(オーストラリア映画 『アンボンで何が裁かれたか』-1990年製作-もそんな人達を描いた映画の一つ)岡田中将の清い態度は、アメリカ人達にも一目置く存在になったという。

自分の保身に終始し、《人間は自分の事が一番大事だ》と思う事は実に簡単だ。反対にその為に迷惑を被る側も、《人間ってこんなもんさ!》と吐き捨てるのはもっと簡単だ。

たぶん、

《ライオンが腹が減ったからシマウマを食べる⇒ついでに書くとライオンは空腹になると子供の食べ物まで横取りするらしい(~へ~;) 本能って恐ろしい~
《カッコウは別の種類の鳥の巣に卵を産み落とし、その鳥に育てさせる。⇒ついでに書くとカッコウのヒナはその巣のヒナが孵化すると巣の下に蹴落とすらしい(~へ~;) ホントに本能って恐ろしい~

みたいな人間の本能なのかもしれない。

しかし、その一方で《人間はそれでいいのか?》と疑問を持ち続けている生き物でもある。岡田中将のように清い生き方は難しい。しかし、岡田中将のように清い生き方を理想として生きる事ができる。

それが、人間と動物の違いなのだ。

岡田中将のような生き方は実に難しい。しかし、この映画を見たほとんどの人は理想とする生き方》だろう。それは、なかなかできる事ではない。

誰にもまねはできないが理想とする生き方》を目指すのも人間の本能なのかもしれないと思う。

理想とする生き方》をする岡田中将にそれができない私にはうらやましくとてもできないと思うし、単なる理想じゃんっと批判する人もいるかもしれない。でもそれも人間の本能なのかもしれない、と思うと人間って悲しい。

Photo_2

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2008.04.05

『母べえ』
3月11日(火)観賞

2007年 日 本
監督・脚本 山田洋次
主演 吉永小百合 浅野忠信 檀れい 志田未来
戸田恵子 坂東三津五郎

Photo_2 昭和15年のある日。ドイツ文学者の父・野上滋(坂東三津五郎)は、妻の佳代(吉永小百合)と2人の娘(志田未来、佐藤未来)を残し、反戦容疑で逮捕される。その為、残された家族は苦しく寂しい生活を強いられる。そんな一家だが、滋の教え子・山崎徹(浅野忠信)・滋の妹、久子(檀れい)・近所の人達の助けで生きていくのだが・・・

Photo 太平洋戦争が始まろうとしていた日本。ただ【平和】を願ってその時代の危うさを、書いただけで逮捕された父を待つ野上一家の悲劇をじっくりと静かに描く。

家族愛の映画のはずなのだがなぜか、悲劇の雰囲気が漂う映画だ。一人また一人と死んでいく。死んでいく人達のシーンがある訳でもないのだが、全体に漂う【死】の匂いはあまりにも悲しい。

しかし、戦時中はこれが普通だったのかもしれない。
いつ空襲が来るかわからない。
身近な人々の【死】の知らせは日常茶飯事だ。

貧しい中、健気に生きるのだが将来は暗い。

Photo_3同じように静かに戦争を描いた映画は、『紙屋悦子の青春』などたくさんある。しかし、この映画ほど【死】の匂いは漂ってはいない。

たぶんそれは、この映画が率直に戦争で人が死ぬことを語っているからだろう。

最後に、何十年も経って語る佳代の語る言葉は、戦争で大事な人を亡くした人々のすべてが語りたい言葉だろう。

この言葉の意味をじっくりと考えてみたい。

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2008.02.17

『椿三十郎』
1月22日(火)観賞

2007年 日 本
監督 森田芳光
主演  織田裕二 豊川悦司 松山ケンイチ 鈴木杏
佐々木蔵之介 風間杜夫 西岡徳馬 小林稔侍
中村玉緒 藤田まこと

ず~っと織田君織田裕二君で、ま・私は彼が好きなのでこれで結構なのだが織田君の事をなんとも思っていない人には、どう写るんでしょうか?

Photo 《椿三十郎》という人物は、若いころから人生の暗部を歩き続け何人も人を殺し、人生の酸いも甘いも経験した男なのだが、デビューからスターの道を歩き続けている織田裕二《椿三十郎》はあまりにもかけ離れている。対して、前作主演の三船敏郎は、太平洋戦争の満州で兵役についており、《椿三十郎》の生き方は理解できていたと思う。この違いは、《椿三十郎》を演じるには致命的な欠点だろう。

観客の動員数は意外に少なかったらしい。そうだろう、前作を見て感動した人なら、織田裕二ではあまりにも違いすぎる。私の周辺でも、「見たくない」という人もいた。映画会社は前作を見た人の鑑賞も目論んでいただろうに残念でした。

思うに題名を『織田裕二の椿三十郎  ジャ~ン』ってつければ、それはそれなりに納得したかも(苦笑)。

映画としては

超~名作映画の脚本そのままで、

【面白いのはあたりまえ】

面白くなかったら変である。

12 やっぱり織田君は、田村正和・高倉健をめざすべきで  soon 独自の個性を全面に出した【我が道を行く】タイプの俳優 →  これはこれで難しい俳優道である。end 《演技派》などというやっかいなものには手をだすべきではない。たぶん、何をやっても織田君織田裕二君という事でがんばってほしいです。

他の役者さんは、松山ケンイチ他適材適所で、特に城代家老役の藤田まこと・押し入れ侍の佐々木蔵之介が前作に劣らずのユーモアを醸し出し実に楽しい。

前作の事を考えず、織田裕二君が気にならない人なら十分に楽しめる映画だと思う。ただし、私は織田君ファンなので採点は甘いですheart04

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2008.01.11

『サウスバウンド』
11月6日(火)観賞

2007年 日 本
監督 森田芳光
主演  豊川悦司 、天海祐希 北川景子 田辺修斗 松本梨菜

Photo_2   1970年代に学生運動で名を馳せた一郎(豊川悦司)を父に持つ小学6年生の上原二郎(田辺修斗)。細かい事にこだわり、あっちこっちに論争を吹っ掛ける一郎はあまり評判がよろしくなかった。二郎も、そのこだわりぶりには付いていけない。そんなある日、二郎が友達とトラブルを起こした事がきっかけに、母・さくら(天海祐希)の鶴の一声で東京から一郎の故郷・西表島に引っ越す事に決定する。長女の洋子(北川景子)を東京に残し、不安にかられる二郎と妹・桃子(松本梨菜)だったが、なんとか西表島に到着。そこでは、意外にも島の人達に大歓迎され、さっそく村の長から土地を与えられ家の改築・畑仕事に精を出す一郎。そんな父に驚く二郎と桃子。
  島の子供達共とも仲よくなり生活を満喫できるようになった二郎達一家。ところがある日、村の長からもらった家は観光企業の持ち物だった事がわかり企業が立ち退きを迫る。企業の理屈はわかるのだが、強引な態度と権利を振り回す企業に、一郎は納得できない・・・。そして、つい一郎はある行動に出る・・・

Photo   日本人は、暴力的な行動を起こさない民族だと言われているが、60年代後半から70年代まで激しかった学生運動は、近代で唯一日本人が起こした革命かもしれない。その時代の信念をもって活動していた男の人生の顛末をユーモアを交えて描く。

  学生運動は、運動家達の暴走で悲劇が起こり収拾(?)に向かう。結局、一部の学生は権力側まわり、一部は海外に逃げ【日本の革命】を続けようとし、ほとんどの学生は普通の日本人に戻った。学生達の行動は千差万別だった。そんな中、それらの学生達の行動に納得できず、【普通の日本人】に戻る事にも納得できない人もいた。
  この映画の主人公一郎もそんな男だ。【納得できない政府・馴れ合い・ 妥協・・・】今でも、彼はそんな日本人達が許せないのだ。さて、そんな日本を許せない一郎はどうするか?

  最後まで抵抗する一郎は、実に爽快。でも日本人として生きていくには【納得できない政府・馴れ合い・ 妥協・・・】しなければいけないとなると、やっぱり日本人として生きるのは辛いよなぁ~。

Photo_2

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2007.12.26

『エディット・ピアフ ~愛の賛歌~』
11月2日(金)観賞

2007年 フランス・チェコ・イギリス
監督・脚本 オリヴィエ・ダアン
主演  マリオン・コティヤール 、ジェラール・ドパルデュー

Photo_2    幼い頃に両親と離ればなれになり、娼館を経営する祖母の元で幼少期を暮らしたエディット・ピアフ(マリオン・コティヤール)。やがて、大道芸人の父に引き取られ、道端で歌を唄うようになる。そんな頃名門キャバレーのオーナー、ルイ・ルプレ(ジェラール・ドパルデュー)に認められ、彼女の唄う場所は道端から舞台へ、人気歌手へと変貌する。  しかし、ルプレが謎の死を遂げた事から、運命が一変。昔、マフィアと関係していた事から、ピアフが絡んでいると誤解され再び場末の舞台で唄う事に。そんな彼女を救ったのが、有名な作詩・作曲家のレイモン・アッソ。彼女の我流の歌唱法を変えさせふたたび彼女は、脚光を浴びる歌手となる。そして、運命の男・マルセル・セルダンと出会うのだが・・・

Photo  あまりにも有名なエディット・ピアフの生涯を彼女の歌と悲劇の愛を軸にピアフの真実に迫る。痛々しいまでの生い立ちと愛の悲劇・・・そんな彼女に生きる勇気を与えていたのは歌を唄うという事。自分の運命から逃げる事もなく真実を受け止めそれを唄うという事に昇華するピアフ。映画は、そんな彼女を隠す事もなく容赦なく映し続けていく。醜く老いていくピアフだが、その表情には何も後悔はない。【愛して、唄って、酒を飲んで】生き切った彼女の姿は醜くても生きる事の意味を教えてくれている。

映画はひたすら厳しいピアフの人生を映し出していく。演じたマリオン・コティヤールの勇気には感嘆する。醜く老いていくが自分の人生を生きたピアフを演じるには勇気が必要だったと思う。醜いが美しく老いていくピアフを演じるには彼女以外いなかったろう。

  それにしても・・・蛇足!とにかく路上で唄い出してからず~とずっと彼女は酒を飲み続けています。あれだけ飲んでたらそりゃあ早死にするわなぁ~(;^_^A。

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『めがね』
11月6日(火)観賞